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姫路の奥座敷 塩田温泉「夢の井」 [温泉]

塩田温泉郷は、兵庫県姫路市夢前町にある温泉で薬湯として知られてきた塩田温泉 湯元上山旅館(以前載せた) と平成18年に源泉をボーリングした姫路ゆめさき川温泉(夢乃井)の2つのスポットで形成されている。
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播磨の奥座敷として知られたが、現在は旅館が2軒となっている。また、書写山の麓の立地から、西国三十三所巡礼宿としての役割も担っている。

書写と雪彦屏風に建てて塩田姫路の奥座敷、と詠われたこともあり、春の桜、秋の紅葉は一見の価値がある。またかつて松茸の産地であったこともあり、松林も散見される純日本風の風景を醸し出している。

300年前には湯治客があったと記載されているようなので、それ以前の開湯かと思われる。湯元上山旅館は明治7年の創業ではあるが、その当時には数件の当時宿があり播磨地域のみならず、淡路、四国からの来客があったと記されている。

鳥取県三朝温泉「河原露天風呂」 [温泉]

三朝名物の河原にある露天風呂です!さすがに真昼間は女性の方は入ってるの見かける事は殆ど無いですね。
男性は地元の人でしょうか?
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入ってるのを時々見掛けます~夜暗くなると結構入る人が居るようです(宿の方の談)が女性が入ってるかどうかは分かりません。私も最初は入る積もりで行った事は有りましたが、勇気が有りませんでした。

ちなみにすぐ傍に橋がありそこから風呂は丸見えです。さすがに一応衝立もあるし浸かってる部分は見えませんが入浴したり風呂から上がったりする時には見えます。覗き込んで見てる人は殆ど居ませんけどね!

滋賀県大津市雄琴温泉「湯元館」 [ドライブ]

湯元舘は、滋賀県大津市の琵琶湖西岸の雄琴温泉にある1929年創業の老舗温泉旅館。雄琴温泉最初の旅館である。

琵琶湖畔の雄琴温泉で最初に創業した老舗温泉旅館として知られ、1968年には政府登録国際観光旅館に認定された。雄琴温泉自体は約300年の歴史を持つ温泉で最澄により開湯されたとされる。
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過去に4度の経営危機に見舞われながらも、独自の経営理念と手腕により乗り越え、2000年8月には旅館業単体としては日本で初めて環境マネジメントシステムISO14001を認証取得した。

和室60室、洋室1室、和洋室8室、計69室、屋上露天風呂などを持つ。経営母体である株式会社湯元館としては他に雄琴温泉「湯の宿 木もれび」、湯の花温泉「翠泉」、京小宿「ゆとね」、「とりでん堅田店」、「とりでん南草津店」なども経営しています。

景色も絶景!宮崎県日南市「鵜戸神宮」 [ドライブ]

元の会社の友人と3人連れで行ったこの神宮、私達夫婦が結婚した頃は新婚旅行は、南九州方面が定番で宮崎方面は特に多かったように思います。

もう何十年成るか私が媒酌をした新婚夫婦もこちら方面で、この鵜戸神宮で牛だったか馬だったか忘れましたがお嫁さんが乗った人形を買ってきてくれました。

それくらい新婚旅行で宮崎に行ったら必ず寄って帰ると聞いていました。ちなみに私達夫婦は南九州へは行けませんでした。
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鵜戸神宮は、宮崎県日南市にある神社である。旧社格は官幣大社で、現在神社本庁の別表神社に指定されている。

日向灘に面した断崖の中腹、東西38m、南北29m、高さ8.5mの岩窟(海食洞)内に本殿が鎮座し、参拝するには崖にそって作られた石段を降りる必要があり、神社としては珍しい「下り宮」のかたちとなっている。
一番下の右側は丸いわっかのなかに、女性は右手で男性は左手で皿だったかを投げて良い事が有ると聞きました。

創祀の年代は不詳であるが、古代以来の海洋信仰の聖地で、社伝によれば、本殿の鎮座する岩窟は豊玉姫が主祭神を産むための産屋を建てた場所で、その縁により崇神天皇の御代に上記6柱の神を「六所権現」と称して創祀され、推古天皇の御代に岩窟内に社殿を創建して鵜戸神社と称したと伝える。

また、782年、光喜坊快久という天台僧が桓武天皇の勅命を蒙って別当となり、神殿を再建するとともに、別当寺院を建立し、天皇より「鵜戸山大権現吾平山仁王護国寺」の勅号を賜わったとも伝える。

平安時代以来、海中に聳える奇岩怪礁とも相俟って、修験道の一大道場として「西の高野」とも呼ばれる両部神道の霊地として栄えた。

中世以後、島津氏や伊東氏などの在地領主の崇敬を受け、1560年に伊東義祐によって社殿が再興され、1631年には飫肥藩主伊東祐実による造替、1641年にも同祐久による修復が行われ、その後も1711年に造替が、1770年に修復が行われた。

1868年の神仏判然令によって別当寺院の仁王護国寺を廃し、同7年に「神宮号」が宣下されるとともに官幣小社に列し、同22年に社殿を改修、同28年に官幣大社に昇格し、戦後は神社本庁の別表神社となっている。

1965年、NHKの朝の連続テレビ小説「たまゆら」の舞台に宮崎が選ばれたことも手伝って、昭和40年代には新婚旅行の定番地となった。

1968年に本殿及び末社を修復したが、翌々45年、1818~30年に建てられた茅葺書院造の社務所を原因不明の火災により焼失し、それとともに古文書類の大半を失った。1997年に屋根の葺き替えと漆の塗り替えを施したのが現在の社殿である。