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西国三十三ヵ所 第33番 滋賀県「巌金山 宝厳寺」(竹生島観音) [西国33箇所]

若いころからこの島に渡って見たいと思ってましたが、なかなか行くことが出来ず、この歳に成りやっと念願が叶いました。
しかしここに行くのに大変なミスをして、観光スケジュールが無茶苦茶に成りました。でも最終的には行けたので良としてお参りし朱印を頂き帰参しました。
どんなミスかと言うと初歩的なミスで、京都駅で新幹線から湖西線に乗り換え近江今津まで行くのですが誤って東海道線に乗ってしまったのが1つ2つ目は湖西線の起点が大津駅だと思い込みしてしまって大津まで行ってしまいました。
実は湖西線の起点は1つ手前の山科駅だったのです。東海道線に乗っても此処で降りておけば私が乗るはずだった電車に乗れたのです。
慌てて大津から山科まで引き返しましたが間に合わず・・・とほほ・・・予定の船の時間に間に合わず一便遅れてしまい良い温泉宿のチェックインが遅くなりゆっくり温泉に入れませんでした。
折角きめ細かにスケジュール組んだのに水の泡に成って相方に申し訳なくて何回も謝りました。いまだに悔しくて成りません。(-。-;)
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宝厳寺(ほうごんじ)
真言宗豊山派、巌金山の号を持つ、西国三十三観音霊場第30番札所。本尊の大弁財天は、江ノ島・宮島と並ぶ「日本三弁才天」の一つです。
都久夫須麻神社に続いている舟廊下は、豊臣秀吉の御座船を利用して作られたもので、国の重要文化財になっています。その入り口に立つ唐門は国宝であり、こちらは京都東山の豊国廟から移築されたものです。
奈良時代、聖武天皇の勅命を受けた高僧行基が、国内安穏、国家鎮護の祈りを込めて小堂に四天王像を安置したのが始まり、と伝えられています。

<国宝>唐門 法華経序品
<重文>観音堂1棟 渡廊(低屋根) 渡廊(高屋根) 石造五重塔 絹本著色十六羅漠図16幅 絹本著色    釈迦三尊像 絹本著色如意輪観音像 絹本著色弥陀来迎図 空海請来目録              紙本墨書法華経分別功徳品 刺繍普賢十羅刹女図額 刺繍弥陀三尊来迎図額 銅印          鋼水瓶毛抜形太刀(附梨子地桐紋蒔絵鞘)

(滋賀・びわ湖観光情報参照)
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改修後の姫路城の雄姿! [バスツアー]

平成の修理
平成の修理を終えた姫路城。
漆喰にカビが発生していないため全体的に白く見える。
工事正式名称は「国宝姫路城大天守保存修理工事」。予定期間は2009年6月27日着工から2015年3月18日竣工で、事業費は28億円(素屋根工事費 12億6千万円、補修工事費 15億4千万円)と見積もられている。施工は鹿島建設・神崎組・立建設JV。「昭和の大修理」により「50年は保つ」と言われていたが、大修理から45年が経過した時点で予想以上に漆喰や木材の劣化が進んでいたため、大天守の白漆喰の塗り替え・瓦の葺き替え・耐震補強を重点とした補修工事が進められている。
漆喰はカビが原因で黒ずみが発生するため防カビ強化剤が塗布された。天守台入り口付近・上山里下段・清水門・車門・内京口門各所の石垣修復には竜山石が使われた。
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2009年4月6日から保存修理を目的にした「平成の「姥が石」愛城募金」が行われた。
素屋根工事 - 大天守を覆う工事作業用の8階建物の建設と解体工事。素屋根を設置する場所も史跡内であるため杭を打ち込むなどの工事は出来ず自重で固定・建っていた。また木造建築がある史跡内では火が使えないため溶接ではなくボルト締めで組み立てられていた。資材搬入や作業用足場、見学部屋などを設置していた。
屋根修理 - 瓦の全面葺き直し。瓦は検査をした上で使える物は再利用し、再利用ができない分は新しい瓦に取り替えられた。平瓦は全てステンレス製釘で、丸瓦は3枚に1枚を銅線で瓦留めをして目地漆喰を塗り直された。
壁面修理 - 1-4層は、表面の漆喰を塗り直し、軒揚・破風・懸魚は傷み具合によって上塗りまたは下地から修理。5層は下地の土壁から塗り直す全面修理。破風下の窓にはハト避けのピアノ線が張られた[108]。
構造補強 - 柱・床に最小限度の耐震補強工事。

昭和の大修理のような大規模解体修理ではないため、工期中も工事や安全に支障がない範囲で大天守内部と周辺の公開は続けられる。大天守を覆う素屋根は徐々に設置・解体されるために工事の進み具合で見え方は異なった。
2010年春頃までは大天守の外観を見ることができたが、2011年(平成23年)春頃からは大天守からの展望や外観の展望が完全に望めなくなっていた。また大修理のことを知らずに旅行で日本を訪れ、現地で大天守に登ることができないことを知り落胆する外国人観光客が後を絶たないとも報じられた。

素屋根の撤去が進んだ2014年5月初旬には大天守の姿が見え始め、6月中旬にはほぼ全体が見えるようになっていた。
2009年 5月:鹿島建設・神崎組・立建設JVが16億2千万円で落札。
8月8日:起工式・安全祈願祭を開催。
10月9日:工事着工。
11月16日から工事完了まで搦手口からの入城ができなくなる。

2012年 4月7日:新調する大天守の鯱が姫路駅から三の丸広場まで祝曳された。奈良県の山本瓦工業で新調されたのは鯱4尾で、高さは約190cm、重量は約300kg。それぞれに播州一郎、次郎、三郎、四郎と名前が付けられた。
一郎と次郎は大天守に据え付けられ三郎は平成27年2月に姫路市に寄贈された。
6月:大天守最上層の屋根に新調した鯱2対が据え付けられた。
11月:大天守の瓦の葺き替えが終了したと22日に報道された。
葺き替えの対象となった約7万5000枚のうちおよそ80%は再利用され、残りの20%程は奈良県の日本伝統瓦技術保存会によって新調され葺き替えられた。大天守の工事が完了し、これより素屋根の撤去作業を開始した。

2014年 10月8日:工事用素屋根の解体・撤去が終了。
10月31日:姫路市は再公開後の3月27日から5月10日までの期間で安全管理のために1日の入場者数を1万5千人までに限定すると発表した。
開城閉城時間の変更や、整理券の配布や電光掲示板での告知が行われる予定。

修理過程での発見 最上階北側にある詳細不明の家紋。
最上階で使用されないまま壁として塗り込められた窓枠の跡が東西南北それぞれ2箇所の合計8箇所あったことが判明している。窓枠の跡については「昭和の大修理」の際にも確認されていたと当時の記録に残っているが公表はされていなかった。
池田氏の家紋「揚羽蝶」が逆さになった瓦が発見され修理施設内で展示されている。

施設概要
工期中は「天空の白鷺と名付けられた大天守を覆っている素屋根の施設から大天守上層部の修復作業を見学できた[135]。素屋根建物の南面と東面には大天守実物大の線画が描かれていた。
8階建てだが一般利用者が入館できるのは1階・7階・8階となっていた。
見学者用エレベーターが2基設置され、大天守方向はガラス張りになっているためエレベーターでの昇降の際に大天守南面の石垣・壁面・屋根の様子を見ることができた。
2014年1月15日まで公開され、その後、素屋根の解体作業に取り掛かる。
1階 - 大天守石垣部分。東側は施設入口とエレベーターの待合室、西側は出口と修理全般に関する展示と映像上映。
7階 - 大天守5階(最上階)の壁と4層屋根部分。壁面修理の見学と壁面修理(漆喰など)に関する展示と映像上映、市街周辺を見渡せる展望窓。
8階 - 大天守5層目(最上層)の屋根部分。屋根修理の見学と屋根修理に関する展示と映像上映、市街周辺を見渡せる展望窓が有った。
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今が紅葉真っ盛りか?広島県安芸太田町「三段峡」 [旅行]

三段峡は、広島県山県郡安芸太田町の太田川上流の支流柴木川にある長さ約16キロメートルの峡谷で国の特別名勝です県北東部の帝釈峡と並び渓谷美を争い、匹見峡、寂地峡とともに西中国山地国定公園の代表的景観と言われています。
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一帯は石英斑岩からなり、長年の浸食によって節理が刻まれ、断層が露出している。比高は400メートルあり、その間に、名称の由来にもなった落差30メートルの三段滝をハイライトに、黒淵、猿飛の滝、二段滝、三ツ滝、龍門の滝があり、5つの滝と2つの淵が七景として知られる。他に長淵、大淵といった滝壺の跡、耶源、王城など無数の景勝地が連なる。

これらの景観は軽装でも気軽に散策できるように遊歩道が設けられている。これは三段峡が名勝に指定された時に、観光整備したためである。このときの開発は環境に極力配慮したため、ほとんど自然環境を損なうことはなかった。

しかし、柴木川の最上流に樽床ダムが建設されてからは水量が減少し、以前ほど滝の迫力がなくなったと言われている。また、一帯には国有林も多く、伐採の対象となっており、その環境問題が懸念されている。

なお、柴木川の支流田代川を更に上流に行くと全く手付かずの秘境である奥三段峡がある。遊歩道など観光設備が整備されていないため、本格的なトレッキングの準備が必要である。

新緑・森林浴・紅葉などの目的で観光客が訪れ、県を代表する観光地となっている。しかし、後述の通り地元の鉄道が廃線になった影響で観光客の減少が続いており、観光関係者は危機感を募らせている。
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