So-net無料ブログ作成
検索選択

西国三十三箇所 第4番 槇尾山 [施福寺」(せふくじ) [バスツアー]

施福寺は、大阪府和泉市にある天台宗の仏教寺院で通称槇尾寺(読み方は、まきおでら、まきのおでら二通りの読み方が有ります)と言います。

山号は槇尾山(こちら、まきのおさんと言うそうです)本尊は弥勒菩薩(札所本尊は千手観音)で槇尾山の山腹に位置します西国三十三所第四番札所です。
4bansefukuji.jpg

古くは槇尾山寺と呼ばれた山岳寺院で、葛城修験系の寺院として創建されたものとみられる。南北朝時代成立の寺史である『槇尾山大縁起』によると、施福寺は欽明天皇の時代、播磨国加古郡の行満上人が創建したものであるといわれて居ます。

札所本尊の千手観音像については、次のような説話が伝承されている。771年のこと、当時槇尾山寺に住していた摂津国の僧・法海のもとに、一人のみすぼらしい格好をした修行僧があらわれ、夏安居(げあんご)の期間をこの寺で過ごさせてくれと頼んだ。

この修行僧は客僧として槇尾山寺に置いてもらえることとなり、夏安居の期間、熱心に修行に励んだ。予定の期間が終わって寺を辞去しようとする際、客僧は帰りの旅費を乞うたが、寺僧たちはそれを拒んだ。

すると、客僧は怒り出し、「何ということだ。この寺は、見かけは立派だが、真の出家者などはいないではないか。このような寺はいずれ滅び去り、悪鬼の棲家となるであろう」と叫んで、出て行ってしまった。驚いた法海が後を追うと、修行僧ははるかかなたの海上を、沈みもせずに歩いている。

これを見た法海は、あの修行僧は自分らを戒めるために現れた観音の化身であったと悟り、千手観音の像を刻んで祀ったという。縁起には役小角(役行者)、行基、空海(弘法大師)などに関わる伝承もある。

役小角については、彼が自ら書写した法華経の巻々を葛城山の各所の秘密の場所に埋納し、最後に埋めたのがこの山であったことから巻尾山(槇尾山)の名が付いたとする、地名起源伝承がある。

また、空海は793年、20歳の時、槇尾山寺において勤操を導師として出家剃髪し、沙弥戒を受けたとする伝えがある。空海の当地における出家剃髪は史実とは認めがたいが、空海が唐からの帰国後、都に戻る直前の809年頃、当寺に滞在した可能性は別の史料から指摘されている。

縁起には、916年、定額寺に定められるとするが、施福寺は度重なる火災で古記録が失われており、これも史実か否か不明である。

以上のように、施福寺の初期の歴史は伝説色が濃く、判然としないが、『日本霊異記』に言及されている「和泉国泉郡の血渟(ちぬ)の山寺」は当寺のこととされ、同書の成立した9世紀前半には著名な寺院であったことが伺われます。

此処の参道は画像見てもお分かりに成ると思いますが、最初だけはコンクリートの階段ですが非常に傾斜がきついです。上に登っていくほど道は険しく歩き難く成ってきます。

本堂が見えるほどに近く成ると石段も割と歩きやすい石段に成っていますが、こちらも非常に傾斜がきついです。本当に聞いてた以上に厳しい参詣でした。でも何とかお参り済ませて参道入口に有るお食事処で昼食を採りました。
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:旅行

富山県井波 「瑞泉寺別院」 [バスツアー]

さすがに木彫りの里の寺院です彫刻の立派なのに驚かされます。

真宗大谷派 井波別院 瑞泉寺

富山県井波町は彫刻の街です。そこに真宗大谷派の井波別院があります。広々とした境内に、東本願寺ほどの大きさではありませんが、歴史を感じさせるたたずまいの両堂(本堂と正徳太子堂)は、東本願寺に勝るとも劣らない格調高い風格を醸し出しています。
zuisenji.jpg

彫刻の街の寺院建築らしく、山門前の参道の両側には彫り物師の作業場が軒をならべており、鑿を打つ音が聞こえてきます。まだ見習い中と思われる若い人たちの姿も目に入ります。そうした門前街を持つ別院にふさわしく、御堂の随所にみごとな彫刻がほどこされていました。


瑞泉寺は、1390年に本願寺5代綽如上人によって創建されましたが、幾度か焼失し、その都度再建されてきました特に1763年~1774年の再建のおり、京都本願寺の御用彫刻師前川三四郎が派遣され、井波拝領地大工がこれについて習ったのが、その起源とされています。
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:旅行

天橋立又覗き発祥の地「傘松公園」 [ドライブ]

此れは天橋立の股覗き発祥の地がある、傘松公園から(斜め一文字)見た天橋と文珠山天橋立ビューランドから(飛龍観)。少し曇っててお天気が悪かったのですが、さすがに日本三景の一つ眺めは最高!ご覧の通りです!
amanohasidate.jpg

この公園にはケーブルカーもしくは、リフトで上がることが出来ます!公園から更に3分ほど歩いた所に「傘松」という松がありますそこが股覗き発祥の地とされています。でも一般的に観光客はこの公園からの眺めを楽しんでおられます。

この傘松公園から西国28番成相寺までバスが出ていて、此処まで行けば更に高い所から、天橋立が望めます。

天橋立の眺望
天橋立の眺めは一般に下記のものが有名である。特に、斜め一文字と飛龍観は著名である。
 
斜め一文字:北側の傘松公園からの天橋立の眺め。名前のとおり斜め一文字に見える景観からその名がついた。

飛龍観:文珠山の山頂にある天橋立ビューランドから見る南側からの眺め。龍が天に登る姿に見えることからその名前がついた。

一字観:西側の大内峠一字観公園からの天橋立の眺め。天橋立が横一文字に見える景観からそのように呼ばれている。

雪舟観:東側からの天橋立の眺め。左に掲げた雪舟筆「天橋立図」が描かれたことが由来である。
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:旅行

四国高知土佐清水市 「足摺海中公園」 [バスツアー]

これは四国高知県土佐清水の足摺宇和海国立公園内に有りとても海水の綺麗な所です!写真は足摺海底館で海底に泳ぐ魚を見る事が出来ます。
tatukusi.jpg

また近くにはグラスボートと言って船底に硝子を張って有る船で、海底の珊瑚礁などの遊覧できます。場所は足摺岬から宇和島方面に少し行った所で時間的には1時間掛からなかったと思います。是非一度行って見てください。
nice!(2)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:旅行

徳島県脇町 「うだつの町並み」 [ドライブ]

「うだつ」とは隣家との境界に取り付けられた土造りの防火壁のことで、これを造るには相当の費用がかかったため、裕福な家しか設けることができませんでした。 すなわち「うだつが上がる」ということは富の象徴であり、脇町に残る「うだつの町並み」は当時の繁栄を物語っています。
udatu.jpg

各家々のうだつには家紋や細工が施され、その豪華さが商人の権威を表しています。それは見事な芸術品といってもいいほどの手の掛け様で、脇町には、こうしたうだつの上がった商家が400mにも及び軒を連ねています。

この町では、図書館を始め学校、郵便局、スーパーまでもが本瓦に塗籠め壁、うだつを上げた建物で造られています。これらは近年新しく造られたものですが、ここに暮らす人々の文化を守る姿勢がうかがえます。
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:旅行