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西国三十三箇所 第7番 「東光山 岡寺」(龍蓋寺)りゅうがいじ [西国33箇所]

岡寺は、奈良県高市郡明日香村にある真言宗豊山派の寺院。山号は東光山、寺号は龍蓋寺(りゅうがいじ)とも称し、詳しくは東光山真珠院龍蓋寺という。本尊は如意輪観音。西国三十三所第7番札所である。
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『東大寺要録』「義淵伝」、『扶桑略記』等によれば、天武天皇の皇子で27歳で早世した草壁皇子の住んだ岡宮の跡に義淵僧正が創建したとされる。史料上の初見は、740年7月の写経所啓である。

現在の寺域は明日香村の東にある岡山の中腹に位置するが、寺の西に隣接する治田神社(はるたじんじゃ)境内からは奈良時代前期にさかのぼる古瓦が発掘されており、創建当時の岡寺は現在の治田神社の位置にあったものと推定されている。寺跡は2005年に「岡寺跡」として国の史跡に指定された。

現在では真言宗豊山派の寺院だが、義淵僧正は日本の法相宗の祖であり、その門下には東大寺創建に関わった良弁や行基などがいた。義淵僧正が法相宗の祖とされていたため、江戸時代までは興福寺の末寺であった。江戸時代以降は長谷寺の末寺となった。

前述のように、当寺院には「岡寺」「龍蓋寺」の2つの寺号がある。「岡寺」は地名に由来する寺号、「龍蓋寺」は法号である。仁王門前の石柱には「西国七番霊場 岡寺」とあり、通常はもっぱら「岡寺」の呼称が用いられている。

宗教法人としての登録名も「岡寺」である。そのため、重要文化財建造物の指定名称は「岡寺仁王門」「岡寺書院」となっている。「龍蓋寺」の法号は龍蓋池に封じた竜の説話に由来するそうな。

何と歴史ロマン好きの俺はこういう話大好きなんです!もう胸がぞくぞくワクワクします。(^_-)-☆
またその閉じ込めた池や押さえてる石も残ってると言われると本当にワクワクです!見て写真撮ってきましたよ!

お泊りはちょっと遠いけど和歌山県で全国的に美人湯で名高い龍神温泉が有ります。お宿は季楽里 龍神がおススメです。

龍神温泉とは開湯は約1300年前とされているが、弘法大師による開湯伝説も残っている。また、役小角が発見した後、難陀竜王のお告げによって弘法大師が開湯したとも言われている。

江戸時代には紀伊国を統治した紀州藩とも関わりが深く、藩主が湯治を行うために、初代藩主徳川頼宣上御殿・下御殿を作らせた。ただし、藩主の湯治は実現せず建物は村民に与えられた。上御殿、下御殿はそれぞれ旅館となり、上御殿の建物(国の登録有形文化財)は現在も宿として使われている。

中里介山による時代小説『大菩薩峠』やその映画化作品において、主人公・机龍之助が目を癒した所として採り上げられ、全国的に有名になった。

宿外観全景
お部屋一例洋室ツイン

お風呂宿自慢の露天風呂

お料理一例




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西国三十三ヵ所第25番 兵庫県加東市「御嶽山 清水寺」 [西国33箇所]

播州清水寺は清水東条湖県立自然公園内、御嶽山 山頂(標高552m)にあり、法道仙人の開基した西国二十五番札所である。

水に乏しかったこの地で仙人が水神に祈りを捧げたところ、霊泉が湧き出し、そのことに感謝し清水寺の名を付けたというのが言い伝えになっている。

清水寺根本中堂からは、空気が澄んで条件が良ければ、六甲山系、瀬戸内海、淡路島、明石海峡大橋などを見渡すことが出来る。
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また、桜や紅葉の名所として知られ、特に春の桜は、染井吉野から牡丹桜まで約1ヶ月にわたって桜の花を楽しむことができる。

印度から渡来した法道仙人が、景行天皇のころから当山に住みはじめ、推古天皇の三十五年 627年に根本中堂を建立して、十一面観音を祀った。さらに、行基菩薩が聖武天皇の勅願により、725大講堂を建立、自刻の千手観音を安置する。こちらが西国の札所本尊となっている。

782年~806年坂上田村麻呂は、奥州平定に先立って、当寺に必勝を祈願して、騒速という太刀を奉納した。現在この太刀は、重要文化財に指定されている。京都の清水寺、安房国の清水寺とともに、日本三清水寺と呼び、いずれも田村麻呂との深い関係を伝えている。

また、祇園女御が多宝塔、池の禅尼が薬師堂、後白河法皇が常行堂、源頼朝が阿弥陀堂を、それぞれ建立した。しかし、これらの諸堂のほとんどは、明治から大正にかけての火災で焼失してしまった。現在の伽藍は、その後の再建である。

此処からだと姫路の奥座敷 塩田温泉でのお泊りが近くて良いと思います!宿は2軒しかなく今回は夢乃井さんをご紹介致します。
ホテル外観正面玄関付近

お部屋一例和洋室です

大浴場です!

お料理一例味も見た目も一級品でした





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西国三十三ヵ所 第11番 京都市 「醍醐山 醍醐寺,深雪山 上醍醐寺」  [西国33箇所]

このお寺の境内はとてつもなく広大で33カ所の中でもトップクラスじゃないかと思われます。国宝級の建物も沢山有り十分時間に余裕を持って行けば良いと思います。
俺たちはと言うとあまり時間もなく駆け足でお参りしましたが、紅葉時期にじっくりと行きたいものです。
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醍醐寺は、京都府京都市伏見区醍醐東大路町にある、真言宗醍醐派総本山の寺院。山号を醍醐山(深雪山とも)と称する。本尊は薬師如来、開基は理源大師聖宝である。古都京都の文化財として世界遺産に登録されている。伏見区東方に広がる醍醐山(笠取山)に200万坪以上の広大な境内をもつ寺院である。豊臣秀吉による「醍醐の花見」の行われた地としても知られている。
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醍醐寺の創建は874年、空海の孫弟子にあたる理源大師聖宝が准胝観音並びに如意輪観音を笠取山頂上に迎えて開山、聖宝は同山頂付近を「醍醐山」と名付けた。
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醍醐寺は山深い醍醐山頂上一帯(上醍醐)を中心に、多くの修験者の霊場として発展した後、醍醐天皇は醍醐寺を自らの祈願寺とすると共に手厚い庇護を掛け、その圧倒的な財力によって醍醐山麓の広大な平地に大伽藍「下醍醐」が発展することになる。

その後、応仁の乱など戦乱で下醍醐は荒廃し、五重塔のみが残された。しかし豊臣秀吉による「醍醐の花見」をきっかけに、紀州などから寺院建築が移築されたり三宝院が建設されたりなどし、今日の姿となった。
この周辺の宿はやはり琵琶湖の雄琴温泉の方が近いでしょうね~今日はちょっと高台にある雄山荘をおススメします。この宿町内で二回私達のグループで1回計3回行ってます。なかなか良い宿でしたよ。
ホテル外観全景正面玄関付近
お部屋一例
お風呂大浴場の露天風呂
お料理一例



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西国三十三ヵ所 第1番 和歌山県「那智山 青岸渡寺」 [西国33箇所]

補陀洛や 岸うつ波は三熊野の 那智のお山にひびく滝つせ
西国33カ所としてあらためて見ると、パンフレットでは、青岸渡寺の創建は、仏教伝来以前に仁徳天皇の時代にインドから熊野に漂着した裸形上人が、那智大滝で滝修行中、滝壷から八寸(約24cm)の観音像を感得し、草堂をむすんでこれを安置したのが始まりと伝えられている。

7世紀頃に大和国から生仏という僧が来、およそ3mの如意輪観音の木像を彫り、裸形上人が得た観音像を胸に納めて本尊として、正式に本堂が建立されたという。本尊を如意輪観音とすることから如意輪堂という名も付けらたとされる。
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青岸渡寺のご本尊は、如意輪観音で、すべての人々に財宝を与える仏様である。人々のあらゆる願いを叶えてくれるという。そんなありがたい観音様なので参拝客が多いのかな。

西国33ヵ所霊場の第一番札所となるのは少し後の花山上皇の時代である。
ここ那智で1000日の修行を終えた花山上皇が、西国33ケ所観音霊場巡礼の旅に出て、各地で歌を詠み、それが御詠歌のはじまりであるらしい。

1000日の滝篭りをされた花山法皇が988年に御幸され西国33ヶ所観音巡り1番札所として定めたとされる。いつも参詣者が多い。ここ青岸渡寺織田信長の焼き討ちにあい、それを豊臣秀吉1590年に再建した桃山様式の建築で、南紀最古の建築物として重要文化財に指定されている。鎌倉時代の重文・宝篋印塔(4.3m)や梵鐘がある。

境内へは、急な階段を上っていく。運動不足だと少し堪える距離と勾配である。麓の土産物売り場には杖がたくさん置かれており、自由に使えるが、貸し出す店は帰りの土産を買ってもらうのを待っている。

階段の中途で、那智大社と青岸渡寺と別れる。また上で一緒になるのだが、参詣道は、一応別々である。
ここは時間が許すなら、少し下の大門坂を登ってお参りするといい。熊野古道の中辺路ルートの最終コースでもある。800年ほどたった夫婦杉がすばらしい。

青岸渡寺
住所    和歌山県東牟婁郡那智勝浦町那智山8 

お泊りは此処からだと勝浦温泉が一番近いと思います!中でもホテル浦島は有名なホテルです。港から船で渡ることも出来ますが私達は車で行ってたので車で直接ホテルの駐車場まで行きました。
お風呂も7~8ヵ所有り温泉を満喫でき、おススメ出来る素晴らしい宿です。
ホテル外観全景
お部屋一例眺めのいい山上館和室太平洋が一望です。
宿自慢の有名な洞窟風呂の忘帰洞です
お料理一例




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西国三十三箇所第32番 滋賀県近江八幡市「繖山 観音正寺」 [西国33箇所]

三十三か所の難所の方に入る観音正寺行って来ましたさすがに難所の約440段の階段を上がってきました。観音正寺は、滋賀県近江八幡市安土町石寺にある仏教寺院で宗旨は天台宗系の単立、山号は繖山(きぬがささん)本尊は千手観音で西国三十三所第32番札所です。
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琵琶湖の東岸、標高433メートルの繖山(きぬがさやま)の山頂近くに位置する。伝承によれば、605年、聖徳太子がこの地を訪れ、自刻の千手観音を祀ったのに始まるという。聖徳太子はこの地を訪れた際に出会った「人魚」の願いにより一寺を建立したという。

その人魚は、前世が漁師であり、殺生を業としていたために人魚に生まれ変わり苦しんでいたという。寺にはその人魚のミイラと称するものが伝えられていたが、1993年火災で焼失した。

観音正寺が位置する繖山には、室町時代以来近江国南半部を支配した佐々木六角氏の居城である観音寺城があり、寺は佐々木六角氏の庇護を得て栄えた。観音寺城は1568年、織田信長の軍勢に攻められて落城。数年後には佐々木六角氏所縁の観音正寺も焼き討ちに遭い、全焼した。再興されたのは1596年 ~ 1615年のことである。

観音正寺の本堂は1993年に失火で焼失した。交通の不便な山中にある寺院のため、消火活動もままならず、重要文化財に指定されていた本尊千手観音立像も焼失した。現在ある木造入母屋造の本堂は2004年に再建されたものである。

新たに造立された本尊千手観音坐像は仏師松本明慶の作。旧本尊が1メートル足らずの立像であったのに対し、像高3.56メートル、光背を含めた総高6.3メートルの巨大な坐像である。

像はインドから輸入した23トンもの白檀を素材に作られている。白檀は輸出禁制品であったが、観音正寺の住職が、20数回インドを訪れ、たび重なる交渉の後、特例措置として日本への輸出が認められたものであるという。
お泊りは滋賀県なら大津の雄琴温泉がおススメです。中でも少し高台にある雄山荘は眺めがよくおススメです。
ホテル外観全景正面玄関付近
お部屋一例和室
お風呂大浴場の露天風呂
お料理イメージ




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